お悩み解決☆アラフォーに役立つ豆知識サイト

フツオはやっぱりふつうがいい。元イモ欽トリオの長江健次さんのしくじりとは?

2016/12/19
 
この記事を書いている人 - WRITER -
アラフォー39歳で結婚、41歳で双子を出産しました。アラフォー生活ど真ん中で、同じ『庶民アラフォーさん』のお役に立つ記事を更新しています^^

欽ちゃんやっぱりすごかった

最近では。

2015年4月。73歳で駒澤大学仏教学部に合格・入学した事で話題をさらった、われらが『欽ちゃん』こと萩本欽一(はぎもときんいち)さん。

説明無用のコメディアンです。

昭和を代表する初代お笑いBIG3の一人でもあります(お笑いBIG3とは=タモリさん・ビートたけしさん・欽ちゃん→後、さんまさんが引継ぎます)
  • 8時だよ!全員集合(ザ・ドリフターズ)
  • オレたちひょうきん族(ビートたけし・明石家さんま)
この二つの番組は。

昭和世代の方はどちらか必ず見ていましたよね!

でも。

同時期に放送されていた「欽ちゃんの○○シリーズ」も、みていた覚えありませんか?

そういえばみてたし、番組内のうた、歌ってた!(めだか~の兄弟が・・)

種類がとても多いので。

すべては割愛させて頂きますが、中でも以下の2つが記憶に残っています。

欽ちゃんのどこまでやるの!』(1976年から1986年まで)

テレビ朝日系列局で放送されたバラエティ番組。最高視聴率は40%超を記録。通称「欽どこ」。

お茶の間の設定で欽ちゃんをお父さんとし、長男を見栄晴、三つ子の女の子をわらべが演じ、毎回1人ゲストが参加するコント番組。

(Wikipedia出典)

 

『欽ドン!良い子悪い子普通の子』(1981年~1983年、月曜日21時放映)

フジテレビ制作のバラエティ。

視聴者からの投稿をもとに、様々なシチュエーションで「良い子・悪い子・普通の子」が言いそうな言葉をコント風に披露する。

ヨシオ役の山口良一、ワルオ役の西山浩司、フツオ役の長江健次の三名で結成された『イモ欽トリオ』の「ハイスクールララバイ」が大ヒットするなど、バラエティー番組から誕生する企画ユニットの元祖であった。

(Wikipedia出典)

この『欽ドン!良い子悪い子普通の子』では。

  • 良い子は良い子(優等生)のコメント
  • 悪い子はちょっとグレてて笑えるギャグ
  • 普通の子は多くかたらず、「・・・な!!」と言って部屋を出る事が多い
のが特徴でした。

欽ちゃんが考えたシナリオにそって、矢継ぎ早に問答を行う、小気味よいテンポの楽しいコント番組です。

欽ちゃんは当時すでに「素人いじり」という芸を確立していて、

投稿者のいじりはもちろん、観覧にきているお客様にも自分がボケて笑わせたり、お客様につっこんだりと、

会場や視聴者が一体となって笑いを巻き起こすという、

今でこそ主流となった芸をとりいれた先駆者だったのです。

また、人を見抜く目もすぐれていました

欽ちゃんファミリーとは。

欽ちゃんのオーディションに合格したり、認められて一緒に番組を作った仲間たち。

玄人もいれば、素人もいる、そんな個性光る団体でした。

(関根勤さん、小堺一機さん、柳葉敏郎さん、などなど)

そんな中。

欽ドンのオーディションが行われます。

長江健次さんはその普通さが欽ちゃんの目にとまり、合格。

当時高校生だった彼は一躍スターとなったのでした。

長江

欽ちゃんの逆鱗にふれた長江健二さん

そんなフツオの長江健二さん。

ある時からパッタリテレビ番組の出演がなくなります。

私はそれを『フツオ君、大学受験をきっかけに、フツーに戻ったのかなあ~』・・な!

なんて。

軽く思っていたのですが。

実際は。

『欽ちゃんから破門』されていたんですって!

知らなかった・・・(つい最近まで・・・)

では。

なぜ、フツーの彼が破門なんてされたのか?確認していきましょう。

スポンサーリンク

売れっ子になって調子に乗るという“勘違い”で仕事をすべて失った

実際に。

欽ちゃんが破門を言い渡した訳ではないようです。

ただ。

イモ欽当時、東京で活動していた長江さん。大学受験を機に地元である関西へ戻り、一時イモ欽を脱退します

欽ちゃんはこれを応援

そこまでは良かったのです。

でも。

受験後



イモ欽 復活。欽ちゃんのもと活動再開

ではなく。

勝手に関西で活動再開(しかも、司会扱い。鶴瓶さんやさんまさんとの番組を持つ)

なんと。

欽ちゃんや東京の関係者への断りなく、活動を再開した

です。

その後30年間、欽ちゃんとは絶縁状態。

それは、

欽ちゃんの同窓会特番にも一度も呼ばれる事もなく、ファミリーから破門された、と言って良い状態に至ったわけです。(2007年ごろから徐々に和解済)

でも。

20歳の若者はなぜこんな不義理を働いたのでしょうね?

普通は悪くない。『フツウ』という特徴=自分らしさ を活かせばよかったんだ

こんなエピソードがあります。

『欽ドン!良い子悪い子普通の子』第1回放送時。

長江さんは父親役の欽ちゃんの頭を叩いて笑いを取ったそうですが、収録後に「フツオ=普通の子は親の頭を叩かない」と欽ちゃんから説教され、その後は全て欽ちゃんの指示通りに演じていたそうです。

当時20歳。

売れてしまった彼は『自分でもできる!自分は力を持っている!』と思うのは当然です。

でも実際は。

欽ちゃんに「フツウ」という特徴を活かされて売れていた、が実際のところ。

その後、当然自分の「フツウ」を活かせなかった彼の仕事は激減します。

そして。

長い時間をかけて自身を活かせる場所、スノーボードのインストラクターや俳優などで、彼は徐々に活躍できるようになりました。

最近の長江さん

長江現在
ちょっと太ったかな?でもタレ目は健在ですね(笑)

私がアラフォーになって気づいたこと

長江さんと同じように。
  • 人に何か指示されて動くのがいや
  • 自分で何かを成し遂げたい
仕事を通して、私にもそんな自分探しをする時代がありました。

でも。

やっぱり『人に指示される』んですよね。

特に。

当時やっていた仕事は『自分が選んだ仕事ではなかった』

周りに「あなたはその仕事にむいている。だからやりなさい」と引き上げて頂いた仕事だったのです。

当然。

情熱もなければ、むしろ、毎日イヤでしょうがなかった。

そんなモチベーションで仕事の成果が出るわけがないですよね。

当時の私は『なぜ。自分はこの仕事を人に指示されてまで、しなければならないのか?』という事を理解できていませんでした。

でも。

今はわかります。

その当時「指示されている」と思っていた仕事は。

本当は「私に備わっている力を頼りに、仕事を依頼されていた。頼りにされていた」

だけだったのです。

指示されている、という考えが そもそも誤りだったんです。

ただしくは。

「相手の指示も受け入れて動ける、人に頼りにされる」という点が

私の『自分らしさ』=特徴 だったのです。

このことを素直に受け入れられるようになって、世界がひらけました。

ただ自分らしくしていれば良い。

それだけだったんです。

長江さんや私のような人はたくさんいらっしゃるはずです。

そのままの自分を受けれ、あるものを活かしていくと、その先にまた別の世界が広がるはずです。

普通はふつうで良い

自分らしさを大切にできるといいですよね

何かを求めなくていい。自分らしさがあればその能力を活かして生きてみよう

 

この記事を書いている人 - WRITER -
アラフォー39歳で結婚、41歳で双子を出産しました。アラフォー生活ど真ん中で、同じ『庶民アラフォーさん』のお役に立つ記事を更新しています^^
スポンサーリンク
スポンサーリンク

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Copyright© 庶民アラフォーまめちねっと , 2016 All Rights Reserved.